教育・学術 / 学力・教養検定

歴史能力検定 日本史 2級の例題・出題範囲・重要用語

日本史の通史(先史/古代/中世/近世/近代/現代)

出題範囲

  • 近世
  • 近代
  • 中世
  • 現代
  • 先史・古代

例題に挑戦

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例題1

大日本帝国憲法に関する記述として、誤っているものはどれか次から選びなさい。

  1. 帝国議会は、公選の衆議院と、皇族・華族等からなる貴族院の二院制であった。
  2. 天皇は陸海軍を統帥する権限(統帥権)を持ち、内閣から独立していた。
  3. 天皇は主権者として、行政・立法・司法のすべてを総攬する立場にあった。
  4. 内閣総理大臣を首班とする内閣は、帝国議会に対して連帯して責任を負った。
  5. 臣民の権利や自由は「法律の範囲内」という制限付きで認められていた。
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正解: 内閣総理大臣を首班とする内閣は、帝国議会に対して連帯して責任を負った。

正解は「内閣総理大臣を首班とする内閣は、帝国議会に対して連帯して責任を負った。」です。大日本帝国憲法において、各国務大臣は天皇を「輔弼」する存在であり、議会に対してではなく天皇に対してのみ責任を負うものとされていました。イギリスなどの議院内閣制とは異なり、内閣の議会に対する連帯責任は明文化されていなかった点が大きな特徴です。その他の、天皇の総攬権や統帥権の独立、二院制の仕組み、法律の範囲内での臣民の権利などは、いずれも憲法の規定通りであり、正しい記述です。

例題2

1873年(明治6年)に実施された地租改正の内容について、正しい記述を次から選びなさい。

  1. 地租は地価の3%とされた。
  2. 納税方法は、従来の米による物納が継続された。
  3. 納税義務者は、土地を実際に耕作している小作人とされた。
  4. 改正に反対する農民一揆が激化したため、税率は即座に1%へ引き下げられた。
  5. 地価は毎年の収穫量の増減に合わせて変動する仕組みであった。
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正解: 地租は地価の3%とされた。

正解は「地租は地価の3%とされた。」です。明治政府は財政の安定化を図るため、1873年に地租改正条例を公布しました。これにより、課税の基準は従来の収穫量ではなく、土地の価値である「地価」に変更され、税率はその3%(後に一揆を受けて2.5%に減額)となりました。また、納税方法は金納(現金での支払い)に改められ、土地所有を認める地券を交付された「地主(土地所有者)」が納税の義務を負うことになりました。これにより、政府は豊凶に左右されない安定した税収を確保できるようになりました。

重要用語

幕藩体制
江戸幕府が日本全国を統治した政治機構のこと。将軍が直接支配する天領と、各地の大名が治める領地(藩)の二本立てで構成される。将軍が大名に対して臣従を誓わせる代わりに領地支配を認める主従関係に基づいている。武家諸法度による統制や、農民への検地・刀狩などの兵農分離政策を通じて、強固な封建社会の安定を図った。
参勤交代
江戸幕府が全国の大名を統制するために定めた制度。大名は1年おきに江戸と領地を往復し、妻や子は人質として江戸に住まわされた。多額の旅費や江戸での滞在費により大名の財政を圧迫し、軍事力を削ぐ効果があった。1635年に3代将軍徳川家光によって武家諸法度の追加条項として制度化され、街道の整備や都市の経済発展にも大きな影響を与えた。
鎖国
江戸幕府がキリスト教の禁止と幕府による貿易の独占を目的として、対外貿易や日本人の出入国を制限した体制。1639年のポルトガル船来航禁止により完成した。長崎の出島でのオランダ・中国との取引、対馬・薩摩・松前での限定的な外交ルートを通じて海外の情報や物資を管理した。約200年間続き、1854年の日米和親条約締結によって事実上終了した。
享保の改革
8代将軍徳川吉宗が行った幕政改革。幕府財政の立て直しを最優先とし、上米の制や定免法の採用、足高の制の導入による有能な人材登用を推進した。また、目安箱の設置による民意の反映や、公事方御定書の制定による裁判基準の明確化も行った。質素倹約を強調し、一時的に幕府の財政を安定させたことで、後の寛政・天保の改革の模範とされた。
田沼意次の政治
10代将軍徳川家治の時代、側用人・老中として権勢を振るった田沼意次による政治。それまでの重農主義から転じ、商人の力を利用して財政再建を図る重商主義的政策を展開した。株仲間の推奨、長崎貿易の拡大、印旛沼の干拓、蝦夷地の開発調査など先進的な試みを行ったが、一方で賄賂政治の横行を招き、天明の飢饉を契機に批判が高まって失脚した。
寛政の改革
老中松平定信が、田沼意次の重商主義を否定し、儒教的な農本主義への回帰を目指した改革。旧里帰農令による農村復興、棄捐令による旗本・御家人の債務免除、寛政異学の禁による朱子学以外の講義禁止などを実施した。あまりに厳格な倹約令や思想統制が行われたため、民衆からは「元の濁りの田沼恋しき」と皮肉られ、数年で定信は退陣に追い込まれた。
元禄文化
17世紀末から18世紀初めの元禄時代、京都・大坂を中心とする上方で栄えた町人文化。井原西鶴の浮世草子、松尾芭蕉の俳諧、近松門左衛門の人形浄瑠璃や歌舞伎、尾形光琳の装飾画などが代表的。現世の生活や感情を肯定し、華やかで写実的な作風が特徴である。経済発展に伴う町人の台頭を背景に、江戸時代の文化が最初の全盛期を迎えた。
天保の改革
老中水野忠邦が、大塩平八郎の乱や海外勢力の接近による危機感から断行した幕政改革。株仲間の解散による物価抑制、人返し令による農村再建、印旛沼の再掘削などを試みた。特に江戸・大坂周辺の領地を幕府直轄地とする上知令は、大名や旗本の猛反発を招き、わずか2年余りで失敗に終わった。幕府権力の限界を露呈し、倒幕への流れを早める結果となった。

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